校長より  教育は、「共育」「協育」「強育」で

教育は、「共育」「協育」「強育」で

 

校長 村田和人

 

  

 「特別軍事作戦」と称し、ロシアがウクライナに攻め入って3ヶ月。戦線は膠着状態となり、長期戦の様相を呈してきました。毎日報じられるニュースを見て、ミサイルの心配なく、安心して勉強できる日本の子ども達は、本当はとても幸せなのだと思います。

 さて、勉強は「勉めて強いる」と書きます。意図的に自分自身を追い込み、反復練習を繰り返す中で、自己の血となり肉となって、自分の生き方・考え方の基底を形づくるようになっていくものです。勉強だけではありません。スポーツも芸術も何でも、笑顔で、友達と語り合いながら、楽しい時間をくり返す中で道を究めた人は、おそらく一人もいないのではないかと思います。

 ところが時代の流れは、どうもそれとは逆の方向に進んでいるように思います。毎日を楽しく、遠い先のことより今を楽しく、きついことを避けて、楽しいことだけに目を向けよう。そんな空気を最近特に感じています。

こんな空気の中で少年時代を過ごした子ども達が、将来、大人になって社会に出、「世の中、楽しいことよりもきついこと、辛いことが多いのだ。」ということに気づかされた時、いったいどんなことを考え、どんな行動を選択するのだろうかと、とても心配です。暖かい温室の外は、寒風吹きすさぶ世界が広がっています。こんな世界に急に飛び出たら、風邪をひくか、それがいやならあたたかい温室から出ないでいるか、どちらかだと思います。

私が鹿南中の校長である限り、そんな子ども達には育てたくありません。私が子ども達の中に育てたいのは「たくましさ」、この一言に尽きます。昔、昔のCMの台詞「腕白でもいい。たくましく育ってほしい。」そんな気持ちを持っています。これからの時代、辛いことがあっても、将来何があるか全く不透明でも、歯を食いしばって生きていこうとする力が何よりも大切だと思うからです。

そんな力は、私達だけで育てることはできません。保護者の皆様のお力が何としても必要です。どうか学校と家庭が共に育てる「共育」、協力して育てる「協育」、そしてたまには「是々非々」を教え込む「強育」を実現し、子ども達をたくましく育てていきましょう。

勉強は・・・・やって当たり前のものです。学生時代が過ぎると、国、数、英等の「教科」の勉強はしなくなりますが、その後、社会に出てどんな職業を選ぼうとも、必ず何らかの勉強は続けていかなければならないからです。人は生きている限り、常に学び続けなくてはなりません。生きることは学ぶことなのです。それは子ども達がお父さん、お母さんの後ろ姿から学びとっているはずです。

 この一年間、よろしくお願いします。

 

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