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創立から141年の健軍小学校ならではの、健軍小学校の宝や遺産を紹介します。
 
健軍小学校 校歌
奉仕石
校訓
大寒桜
机と椅子にテニスボール
三人の書
  
 
 
リンク
テニスボール協力
*グローバルスポーツアライアンス/Global Sports Alliance
http://www.gsa.or.jp/
*スポーツエコネット/Sports-Eco.net
http://www.sports-eco.net/
熊本市立健軍小学校
〒862-0911
熊本市東区健軍2-25-56
TEL 096-369-2004
FAX 096-331-1530
 
健軍小学校 校歌  ♪ビデオファイル (著作権法に基づき、許諾をいただいて掲載しています。)   
たけのこ学級児童による「校歌」の演奏 (2010年 校内音楽会)
奉仕石
昭和の初め頃、学校の整備は地域の方々によってなされることが多かったようです。昭和2(1927)年、現在は山ノ内校区になっている佐土原地区の方々が通学道路拡張作業をされました。その時、健軍神社の南西の道路に少しだけ頭を出している石を取り除くことになりました。掘り進むにつれてその石の大きさに驚き、学校に運び、奉仕石と名づけ、地域の方々の学校を守り育てていこうとした心意気と実行力を後世に伝えることとしました。(「熊本市教育遺産資料集」より)
校訓 「正しく 強く おおらかに」 
正しく 強く おおらかに

健軍小学校の校訓です。正しく、強く、そして、おおらかな子どもになれるよう、毎日励んでいます。また、健軍のことを“たけみや”と読むこともあり、校訓を具体化した「子どもの姿」もあります。

 
 耐えてやりぬく子ども
 
 健康で明るい子ども
 
 自ら求めて学ぶ子ども
 
 やさしく思いやりのある子ども
健軍小学校の大寒桜

毎年2月末から3月始めにかけて開花し、3月中旬に満開を迎えます。春の到来を知らせるものとして新聞に紹介されることも多く、満開の休日にはたくさんの地域の方々や遠方からも花を見に来られます。
近年は樹の勢いに元気がなくなってきたため、根の上を囲って腐葉土を入れたり、枝や幹の手入れをしたりして大切に育てています。
まさに、健軍小学校の宝の一つです。

※今年も、大寒桜のページを開設しました。
机と椅子にテニスボール
テニスボール装着は健軍小から

机や椅子の脚にテニスボールをつける活動は、健軍小から始まり全国へ広がりました。

平成5年、本校に入学した3名の難聴児の保護者が、教室の騒音を減らすためにテニスボールをつけ始めたのです。

始めは地元のテニススクールなどにお願いして回りましたが、机と椅子をあわせると1人あたり8個、1クラス40人の学級では320個ものテニスボールを集めなければなりませんでした。そこで、当時の担当者が東京のテニススクールのホームページを見てメールを送ったところ、そこから日本プロテニス協会へ話が伝わり、同協会が協力してくださることになりました。
その結果、全国からテニスボールが集まるようになり、健軍小だけでなく他の学校でもテニスボールをつけるようになりました。

今もその活動は続いています。
毎年数回PTAと協力して集められたテニスボールに穴を開けられます。そして委員会の児童が各教室を回り、古くなったテニスボールと交換しています。


        
   
 
三人の書

心和して天真を得る   (第1校舎玄関)
〜心が和らぐと 人は生まれつきのままの
       飾り気のない きれいな心になる〜

清浦奎吾
○嘉永3年(1850年)〜昭和17年(1942年)
○熊本県鹿本郡(現山鹿市)鹿本町出身
○広瀬淡窓に学ぶ
○法務大臣、商務大臣を経て
 熊本初の内閣総理大臣となる
      

     

忍耐は運命に克つ  (体育館)
〜苦しさに耐えて努力すれば自分の運命も切り開くことができる〜

安達謙蔵(漢城) 書
○明治元年(1864年)〜昭和23年(1948年)
○熊本市高田原出身 済々黌に学ぶ
○明治の末から昭和初期にかけての政治家
○代議士当選10回
○中野正剛らと国民同盟を結成
○逓信・内務大臣を各2回歴任   

     

自彊不息 (じきょうやまず)  (体育館)
〜自ら求めて努力をおこたるな〜

小橋一太
○明治37年(1904年)〜昭和14年(1939年)
○熊本市外追廻田畑町出身
○第五高等学校〜東京帝国大学(法
○内務省〜内務次官〜清浦内閣書記長官
○浜口内閣文部大臣
○昭和12年、東京市長(現都知事)就任

     

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