漱石俳句活動 

芳野小学校の文化「漱石俳句活動」

長年、本校は漱石俳句活動を続けています。漱石俳句活動は地域学習「芳野学」の一つであり、全校で取り組み続けています。本校の俳句活動は、「芳野小『まごころ』運動」の「『ことば』の心」「『学び』の心」を育む柱の一つでもあります。

※令和6年度に公益財団法人博報堂教育財団主催の第55回「博報賞」にて「功労賞」受賞しました。

芳野校区は夏目漱石先生と縁があります

その由来は、今から百数十年前の1897(明治30)年の年の瀬、明治の文豪である夏目漱石先生が、現在の芳野校区を横断してをされたことです。12月27日に、現在の玉名市天水町を目指して徒歩で旅をされておられます。島崎方面から鎌研坂を登り、岳地区の鳥越峠の峠の茶屋(通越峠・現在の峠の茶屋公園付近)、石畳の道野出の峠の茶屋を経由されています。

当時、夏目漱石先生は旧制第五高等学校(現在の熊本大学)で教鞭をとられていました。4年3か月間、内坪井等熊本在住の間に旅をされています。同時に、漱石先生は小説家でもあります。漱石先生の代表作の一つである小説「草枕」は、上述した小天温泉までの旅の体験が元になっているといわれています。

また、漱石先生は俳人でもあります。正岡子規とは東大予備門の同窓生で、たくさんの俳句を残されていていてて、熊本にいた間だけで959句を詠んでおられます。そのうちの一句「天草の後ろに寒き入り日かな」は、野出峠の茶屋から観た天草に沈む夕日を詠んでいるといわれています。

 

毎月27日は「漱石俳句の日」

そこで、毎月27日を「漱石俳句の日」と定め、その週を「漱石俳句週間」として、子どもたちは作句に励みます。この学習は平成中期から続いています。子どもたちの詠んだ俳句は、平成16年度から年刊誌「芳野子ども俳句歳時記」にまとまられています。毎年、子どもならではの豊かな俳句が積み重ねられてきています。秋には、あらためて事前に俳句講座を催し、「漱石俳句ウォークラリー」を開催しています。実際に漱石先生の歩いた「草枕の道」をたどりながら作句します。

 

当時の6年生は、総合的な学習の時間で学ぶ「芳野学」の一つとして、漱石学習にも取り組みました。手作りの漱石図鑑は子どもたちの宝として、大人になった今も大切に保管していることでしょう。また、図書室には「漱石先生コーナー」が設けられました。令和になった現在も図書室の一角で漱石先生関連の書物などをおいています。

これからも俳句に親しみ続けます

令和2年に発生した新型コロナウイルス禍の下では臨時休業等で全体の授業時数が減少しました。その際、「漱石俳句週間」の取り扱いも話題になりました。しかし、本校の貴重な文化的な学びである俳句学習を絶やすことはできないという思いから、時間数を削減しつつも継続してきました。

 

令和5年度には「芳野子ども俳句歳時記」が創刊20周年を迎えました。これを機に、削減していた「漱石俳句活動」の時間数も回復させました。年度末には二十集記念号を発刊しました。オールカラーの特別版です。

また、令和6年度には公益財団法人博報堂教育財団主催第55回博報賞「功労賞」受賞記念特別号として発刊しました。2年続けてのオールカラー特別版です。

創刊当時に俳句を詠んだ子どもたちが、今後は本校の保護者に立場を変えて学校に戻っていらっしゃいます。世代を超えて親子で連綿と続ける「漱石俳句活動」ーこれからも芳野の文化芸術活動として継続していきます。

 

【あしあと】

令和6年度 第55回博報賞 功労賞 (主催 博報堂教育財団) ※贈呈式等会場日本工業俱楽部

※【取材】令和6年11月にTKUテレビくまもとが漱石俳句活動の様子を取材され、後日報道がありました。 

※【取材】令和6年11月に贈呈式をRKK熊本放送、TKUテレビくまもと、KKT熊本県民テレビ、KAB熊本朝日放送が取材されました。 報道 

 

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