令和7年8月
8月29日 2学期始業式
先日の豪雨により被害を受けられた皆様に,心よりお見舞い申し上げます。幸いなことに学校の方は体育館の雨漏り程度ですみました。と言っても,体育館の半面は使用できないほどの雨漏りでした。現在,早急な対応をお願いしているところです。
さて,いよいよ2学期のスタートです。夏休み中も部活動の生徒が中心となり,校内のいろいろな場所の掃除や片づけを行ってくれました。本当にありがとうございました。本日は,朝からPTAの役員の方々も参加していただき,あいさつ運動が行われました。朝の登校の様子を見ていると,やっと2学期がスタートするという前向きな気持ちで登校してくる生徒が多かったように思います。全体的な登校の時間も通常より5分程度早かったようです。夏休み中の生活はいかがだったでしょうか。
始業式では,各学年の代表が,「みんなで協力すること」「一度決めたことをあきらめず,最後までやり通すこと」「コツコツと努力すること」など2学期の目標を話してくれました。私からは今年度も「平和を守る」という話をしました。以下,要約です。
『今年は,戦後80年という節目の年です。各地で記念式典が行われ,テレビなどでも戦争に関する特集が数多く放送されました。多くの人が,改めて戦争と平和について考える機会になったのではないでしょうか。
先生の祖母は,2年前に103歳で亡くなりました。新型コロナの流行前までは,親戚が集まる場でお茶を入れてくれたり,お土産を持たせてくれたりと,優しく穏やかで,でもとても元気な人でした。しかし,コロナ禍で会う機会が減り,それに伴って見る間に弱ってしまい静かにその生涯を閉じました。
祖母は話をするのが大好きで,先生が幼い頃から昔の話をよくしてくれました。家族のこと,仕事のこと,そして戦争のことも。祖母の夫,つまり先生の祖父は呉服商を営んでいましたが,昭和19年に召集令状が届き,2歳の娘と生まれたばかりの妹を残して出征することになりました。祖父は一度だけ佐世保に戻ってきたことがあり,祖母は子どもたちを連れて会いに行ったそうです。しかし,それが最後の再会となり,祖父は昭和20年の春,フィリピンへ向かう途中で魚雷攻撃を受けて亡くなったと伝えられています。遺骨も遺品も戻らず,出征時の髪の毛だけが墓に納められました。
戦後の混乱期をどう生き抜いたのかはあまり語りませんでしたが,幼い子ども達を抱えて一人で生きていくということには,計り知れない苦労があったはずです。
ただ,このような経験をした人は,広島や長崎,沖縄だけではなく,私たちの身近にもたくさんいらっしゃいます。今,私たちが平和な日本で学び,友達と笑い合えるのは,そうした多くの人々の犠牲と努力の上に成り立っているのです。戦争で失われた命や苦しみを忘れず,平和を守り続けることは,私たち一人ひとりに託された大切な使命だと思っています。
では,「平和を守る」ために私たちにできることは何でしょうか。それは,日々の学校生活の中で「平和を守る姿勢」を実践することです。それは,「相手を思いやること」,「お互いの違いを認め合うこと」,そして「話し合いで解決すること」で実践できると思います。こうした行動が,平和な社会を築く第一歩になると思っています。
いよいよ2学期が始まります。2学期は1年の中でもっとも長く,学習だけでなく多くの行事にも取り組む時期です。友達と協力する場面も増えるでしょう。そのときこそ,「平和を守る姿勢」を見せてほしいと思います。』


